誰ヨガ特別編松山にて開催!

2014年3月に一旦終えた「誰ヨガ」ですが、8月に松山で特別編を行なうことになりました!
昨年もとてもたくさんの方に来ていただき、ともに学ぶことができて本当に嬉しかったのです。
今年もぜひご参加くださいね!

詳しくはこちらへ特別編松山誰ヨガ2014

また昨年の松山での模様はこちらへ特別編松山誰ヨガ2013
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誰ヨガ最終回のご報告と新ブログ開設のお知らせ




先日3月15日に誰ヨガ最終回が行なわれました。今回も本当にたくさんの方が参加してくださり、とても嬉しかったです。皆様本当にありがとうございました。
そのご報告は実は新ブログでアップしています。

ということで新ブログのご案内です。
マハーヨーギー・ヨーガ・ミッション(MYM)から、新ブログを立ち上げることになりました。そこでは、MYMの各クラスのご報告や活動のご案内、またヨーガを学ぶ仲間(ヨーギーたち)がどのような日常生活を送っているかなどもお伝えできるかもしれません。
とにかくヨーガの魅力を存分にお伝えできたらと思っています。


http://www.mahayogi.org/blog/


そこで、今後は誰ヨガも新サイトから発信することになりますので、ぜひご欄くださいね!

最終回のご報告はアップいたしました。
またこちらのサイトもしばらくはこのまま置いておきますので、過去の内容を振り返りたい時にはぜひお越しください。
よろしくお願いします〜

シャチー

冬合宿一日目、前半



前回にご紹介しましたが、前日までの大雪のため、強風が吹いていて交通ダイヤが乱れ、合宿は30分ほどの遅れで始まりました。
この2日間のスケジュール、今回の目的などを説明して皆さんの自己紹介を終え、さっそくアーサナと瞑想を行ないます。

アーサナ

今回は二手に分かれてのアーサナです。どちらの班もとても集中しています。1時間と少し、みっちりと行ないましたよ。寒かった身体も、強風にあおられて揺れていた心も、アーサナによって調えられていきます。

そして瞑想・・・

瞑想
静かですね。


呼吸と心を調えた後は、
2時間半ほどの講義の始まりです。

サーナンダさんは初めに「四聖諦を学びます」とおっしゃいました。
「皆さん、四聖諦って聞いたことありますか?」
し〜〜ん(@–@)

まずはボードに書いてみましたよ。
四聖諦
苦……一切皆苦
集……諸行無常、諸法無我
滅……涅槃寂静
道……八正道

言葉にしてみるとさらに難しく感じるかもしれませんが、一つ一つを見ていくと、私たちの生活に密接に関係していることですし、とても大切なことですね。きちんと理解を深めて、実践につなげていってもらいたいなあと思います。


あらかじめ参加者の皆さんには、今まで経験したことのある「苦」「喜」について、いくつか送っていただいていました。
それを見ながら、心の動きを図解にしてみましたよ。

図解苦楽

こうして見ると、心の中にはいろんな思いがありますね。
今笑っていたかと思うと、何かのきっかけで一瞬にして苦しみに変わったり………
心って目の前に来たものにすぐに飛びついてしまうのだなあと、この図を作りながら改めて思いました。

「苦」はブルー、「喜」はオレンジに色分けしています。でもブルーになるかオレンジになるかは、その人の思い方一つなんですね。こうして苦楽に翻弄され、あっちにこっちにと揺られることが「苦」そのものなのかもしれません。

苦とはいったい何なのか?
私たちが何をベースに苦しみを作ってしまうのかを図解にしてみました。

図解四苦八苦

すべては心の思いから始まります。「こうしたい〜」「こうでなくちゃ」「ほしい〜」「もっと〜〜!!」
何かを欲し、それが手に入った時、私たちは幸せです。でも手に入らなかった時、そこには苦しみがやってきます。
もし欲する気持ちがなかったら、何もなくても幸せなんだと知っていたら、苦しみはやってこないのかもしれませんね。


さてさて、なぜ私たちは欲してしまうのか? その原因について考えてみましたよ。

図解カルマの法則

図解カルマの法則2

原因の一つとして、カルマというものがありますね。カルマができるのは欲望があるから。そして欲望は無知があるから起こるのです。このように根本原因をしっかりと把握することが大事ですね。


こうして「苦」「集(原因)」を学んできましたが、本当はそんなものないんだよ、というのがヨーガもブッダも教えているところです。
本来の私には「苦」「苦を作り出す原因」も実はないのです。その境地を涅槃寂静「滅」というのです。
え〜〜〜〜! それなら何で苦しいのよ〜!
と思わずにはいられませんが、それこそ最初の原因である無知ができたのが過ちだったというのですから、それどうなの?って感じです。ようは元々は存在しないものですから、いつか無くなるわけですが、そんなものに私たちは振り回されているわけですよ。
でも仕方ありません。心が本当のことを知らないなら、それを知るために元の状態に戻るしかないわけですね。
その道をブッダが説いたのが八正道というわけですね。

八正道を説明

初めに心のこと、この世界のこと、本当の私のこと、を正しく見ることが大切です。それには、本当の理(ことわり)、つまり「真理」を学ばないといけません。そうして思いや言葉、行為をそれらに添わせていくことで、生活そのものが変わってきます。正しく生活できるように調ってくれば、正しい努力ができるようになり、心の潜在部分さえもが変わってくるようになるのですね。こうしていくことで、日常のいろんなことには煩わされず、本当の自分に向かって一点集中がなされ、真の瞑想に繫がっていくのです。

八正道
正見……正しい見解
正思……正しい思い
正語……正しい言葉
正業……正しい行為
正命……正しい生活
正精進……正しい努力
正念……正しい思念
正定……正しい瞑想

さてさて、ここまで約2時間半。皆さんよくがんばりました。
これから夕食です。

この後のことはまた次回にご報告します〜
お楽しみに!

サーナンダ & シャチー拝

合宿に行ってきました!



2月15日(土)、16日(日)で一泊2日の合宿に行ってきましたよ!
前日の大雪のため、土曜日も強風がふいていて、電車の乱れはあったものの、ほとんどの方が無事に旅館に辿り着き始まった合宿。
(残念ながら、遠方からの参加の方お一人だけ、交通事情により京都まで来る事ができなかった方がおられました(≥≤)後で聞くところによると、夜行バスに乗るために向かった電車の中で一晩中閉じ込められていたとのこと。文句もいわず、皆で静かに一晩をあかしたとご連絡をいただきました。本当にお疲れ様でした)

旅館までの道中、私の携帯には何人もの方から電車が遅れているとのご連絡をいただきましたが、何とか30分ほどの遅れで開始することができました。よかった〜

さてさて、合宿内容は、写真とともに後日にアップさせていただきますが、今回はヨーガを生きるとは?ということをテーマに、「私たちの現状を把握し、なぜ心が振り回されるのか、その原因は何か? そしてそれを取り除いていくのにはどうすればいいのか」を講義で学び、その後は夕食を挟んで、ほぼ夜中までのグループ討議が続きました。2日目は午前中までとはいえ、皆さん、本当にがんばって課題に取り込んでくださいました。
短いながらもとても濃い2日間。笑顔で最後を迎えることができて本当に嬉しかったです。

詳しくは、また近々ご紹介させていただきますね。
まずは無事に合宿を終えましたこと、ご報告まで。

シャチー拝

第9回瞑想の醍醐味を終えて



冬将軍の到来、寒さが一段と厳しくなってきています。
昨日は目覚めると、辺り一面に雪が積もっていました。皆様いかがお過ごしでしょうか。
本年もよろしくお願いいたします。

0118-ご挨拶

さて年初めの誰ヨガ講座のテーマは「瞑想の醍醐味」でした。

まずは心の3つの働きを学びましたね。
・心には、「私」というエゴ意識(アハンカーラ=我)が常にあります。
・私はいつも何かを思い(マナス=意)ます。
・何かを見たり聞いたり、そこには常に判断する力(ブッディ=覚)が働きます。

判断されたことは、過去の記憶に照らし合わせ、心の引き出しに分類されます。
そして多くの場合、心は深く考えずに分類すると、そのまま手放してしまうようですね。
瞑想では、これを手放さず、そこに集中していくことが大切なのです。

瞑想はこのマナスを使って集中していきますよ。
瞑想をしている時には、瞑想の対象だけに集中すること! これが大事です。
心はすぐに判断したり、自分の色合いで見ようとするので、思いに振り回されないように気をつけてね。
ラージャ・ヨーガの瞑想は、たたひたすら一点集中。
見つめ続けるのです〜〜

0118−話を聞く

と、こうして言っても漠然としていて分かりませんね。
でも瞑想は実践なのです。分からないなりにも感情を持ち込まず、心を静めて集中を続けてみましょう。
そうすると見えてきます。
そのものごとの本質が、根底にあるものが見えてくるのです!
と、サーナンダさんはおっしゃっていましたね。


さてここからが本番です。今日のテーマである瞑想を、今回は二回に分けてやってみましたよ。
その前に、まずはサティヤーの体験談です。
前回の講座ではヤマ(禁戒)・ニヤマ(勧戒)を学びましたが、その内の1つの項目を選んで7日間瞑想することが宿題になっていました。
皆はちゃんとやったかな〜
サティヤーは「知足」について瞑想したそうです。

0118-サティヤー

では瞑想してみましょう。
皆とても集中しています。

0118-瞑想女性陣


次にはシャチーが「正直」についての瞑想体験談を話しました。

0118-シャチー

そして瞑想、今度は20分です。

0118-瞑想左

いい空気が流れています。本当に静かです。

そして最後にはサーナンダさんが「清浄」についての体験談を話してくれましたよ。

0118-サーナンダ

瞑想って、まずは集中することなのですが、これを何回聞いても分からない、そんな声も聞こえてきます。
集中しなきゃって思えば思うほど、集中することに必死になってみたりして、結局疲れることも・・・・
心の力を抜いて、対象だけを見てみましょう。
そうして対象と同化することができたら、瞑想している意識もなくなり、対象の本質を知ることになります。
また、その対象は純粋なもの、聖なるものを選びましょう。そうすることで心は、純粋なものの影響を受けて、より純粋になっていくのです・・・・
まずはやってみてくださいね!


さて次回はいよいよ合宿です(^–^)/ キャッ!

シャチー拝


アーナンダ・サンガ

om-1.jpg
この4月から、シッダ・マールガ(成就への道)の3年間コースをサナータナと一緒に行なっています。
毎月、京都と大阪で1回ずつシッダを目指すヨーギニー/ヨーギーが集まり、二手に分かれて切磋琢磨しています。

先日、私が担当させていただいているチームで、8月からの第2フェーズの課題発表会ーアーナンダ・サンガがあり、4人の方が言葉にしたためてくれました。

(1)サティヤー:現代に生きるヨーギニーが見せる一点集中
(2)サラニー :本当の自分に目覚めるために
(3)グルダース:マハヨギの道を歩く
(4)ジャヤデーヴィー:神の愛!

サティヤーは、まさにこの課題を通して「ヨーガ行者の一点集中とは何か?!」に迫ったことを感じさせるものでした。「ヨーガ行者の一点集中は、集中の作法とは違う!その一点は、自分がどうなりたいのかを真剣に問うこと。自分の命を引き換えにしても知りたいこと、なりたいことでなければならない!」と彼女は言い放ちました。そこからの彼女の深く潜っていった様が凄かった!何日もそれを考え抜いた深みがありました。(後で映像を観て下さい)

サラニーは、シュリー・ラーマクリシュナの直弟子のマヘンドラナート・グプタの信仰に一つの理想像を見ていると話をしていかれました。「わたしは、マスター・マハーシャヤがただ、ラーマクリシュナの道具となって働き、祈り続けられらた美しい生き様にあこがれ、ヨギさんも、マスター・マハーシャヤもすべての人も、「ひとつ」と知るために、祈り、目の前にやってくる仕事に集中して、働きたい。それがヨギさんがおっしゃる、淡々と歩むということなのかなと思います。」と結びました。彼女にとって「祈り」とは、「生きる」ということを力強く話してくれました。

グルダースは、師の住まいの近くに住み、師の日常の行為を目にしてきました。今回は、「知足」と「二元性の超越」の二つを実例を交えて話し、師の行為を見倣って、その本質に迫りたいと話してくれました。誰しも頭だけで自分勝手に解釈しがちな教えを、実際的にどのように日常で行為していけばいいのか、その見本を見て来たグルダースは、自分の目指す理想像として、「無執着」と「二元性の超越」を上げ、実践を力強く誓いました。

ジャヤデーヴィーは、神の愛について話してくれました。「ヨギさんが示される愛は、自分の知っている愛ではなかった」と話を切り出しながら、彼女が歩いて来た道をそれはそれは丁寧に辿りました。面白い!彼女の印象に残っている言葉ー「彼は愛さない、愛そのものである」「神は愛である」の二つの体験を話してくれた時の彼女の表情は、ありありとその時の感動が蘇ったかのように輝いていました!そして「バクタになるには神に触れること、本物のバクタに触れること!」が必要だと話し、「本物のバクタになる!」と宣言しました。彼女の理想とする姿は、「果樹園の外壁のところにいる、その味を知っている人。シュリー・ラーマクリシュナ。ヨギさん。」と口にしました。

まあ、本当にみんな力強く話をされるものだと感心しました。シッダ・マールガは、今年は第3フェーズに入っていますが、一層自分の理想を見据えて切磋琢磨し、精進していきたいと思います。

最後に、サティヤーのお話のひとコマです。アーナンダ(歓喜)を味わって下さい。(→動画
全体


サーナンダ

第8回「心と世界の理を知る−−ラージャ・ヨーガ」を終えて

今年も暮れてきましたね〜
本当に光陰矢の如しですね!

今年最後の誰ヨガを、12月21日(土)に舞道ダンスシアターで行なってきました。
皆

今回のテーマは「心と世界の理を学ぶーラージャ・ヨーガ」でした。ラージャとは王のことで、ラージャ・ヨーガは王道ヨーガと呼ばれています。マハラジャというと、シャチーは一時ブレークしたディスコを思い浮かべていましたが、マハーラージャ=偉大な王のことですよね〜

さてそのラージャ・ヨーガですが、特徴は心の科学と呼ばれるほど科学的なことです。科学的ってどういうこと〜?って講座の中でも問いかけましたね。科学的ということは、決められた通りの手順で行なえば、誰がやっても同じ結果が出るということです。
そう、ラージャ・ヨーガは、示されている通りに実践していけば、誰でもが心が純粋になり、ついにはヨーガを成就できる科学なのです。

でも、なかなか思うように心が軽やかにならないのはなぜ?!それは、教えをちゃんと実践していないからだーーー (>_<)!

ということで、今回は、もう一度日常の行為を徹底して見直していこうと、ラージャ・ヨーガのスタートである、ヤマ(禁戒)・ニヤマ(勧戒)に焦点を当てて、みっちりと学びました。事前に宿題まで出して皆さんに考えて来ていただきました。

そして、講座では早々に5つのグループに分かれて、それぞれ「非暴力」「正直」「不貪」「清澄」「知足」について5人〜6人で話し合っていただきました。グループリーダーの皆さま、グループの話をまとめていただき、ありがとうございました。
グループ討議の後に、ヤマ・ニヤマの一つ一つの徳目についてお話ししましたね。

ラージャ・ヨーガは、八支分のヨーガとも呼ばれ、八つの階梯が示されています。
(1)ヤマ(禁戒)
(2)ニヤマ(勧戒)
(3)アーサナ(坐法)
(4)プラーナーヤーマ(調気法)
(5)プラティヤーハーラ(制感)
(6)ダーラナー(集中)
(7)ディヤーナ(瞑想)
(8)サマーディ(三昧)

広く知られているアーサナは3番目の階梯になるわけですが、その前にヨーガを実修する上で基本的なこととして、ヤマ・ニヤマがあるわけです。言い換えれば、ヤマ・ニヤマが出来て初めてアーサナも効果を発揮するというものです。
ということで今回は、心を知る前に、まず心の現れであるこの世界での行為のあり方に焦点をあてたわけです。

ヤマ・ニヤマは、ヨーガを成就されたヨーギーの行為でもあります。
その行為を見倣うことで、心境もまたヨーギーに近づいていくのではないでしょうか。
sananda.jpg

今回、特に強く話したことは、無一物のあり方でした。
あらゆる物事に執らわれのないヨーギーは、そのありようもまた無一物です。知足は、ヨーガを成就するために命をつなぐ最低限のもので満足するという教えであり、まさに無一物のありようをヨーガを志す者は理想とします。

さあ、このヤマ・ニヤマは、今回で終わりではありません。来月1月18日の第9回「瞑想の醍醐味」までに、七日間以上自分が最も関心のある徳目について瞑想を深めていくことを宿題にしました。
「非暴力」であるのなら、どのような状況であっても他人を傷つけることができないヨーギーの心とは一体どのようなものなのかを自らの心で迫っていって下さい。

それでは、今年一年間、誰ヨガ11をありがとうございました。
今年も、多くの受講者の皆さまの熱心な学びの姿勢に支えられてきました。
来年も新春からやりますよー \(^o^)/

ではよいお年をお迎えください。

シャチー&サーナンダ



誰ヨガ11 冬の合宿のご案内〜

冬の寒さも本番になってきました。

さて冬といえば、冬の合宿です!
昨年は、本当に充実した一泊二日の合宿になりましたね!(クリックして下さい→2012年冬合宿

今年も同じ滋賀県高島市の丸三旅館で行なう予定です。
皆さん、奮ってお申し込みください。
申し込みは、1月15日までにいただければと思います。
よろしくお願いいたします。

誰ヨガ11冬の合宿
命の在り方を知る−アドヴァイタ・ヨーガ
ヨーガとは命の在り方を学び、真に生きることです。これまでの学びを振返りながら、私たちの純粋な姿―純粋な存在に生きるとはどういうことなのか―一泊二日の合宿で真摯に自分自身に向き合い、探求していきます。

■日時2014年2月15日(土)13時〜2月16日(日)11時頃

■場所丸三旅館 滋賀県高島市安曇川町西万木1045-1
※最寄駅JR安曇川駅 徒歩10分程度 バスで移動します.
※集合場所・時間は別途ご案内いたします.
※JR京都駅11:45発-安曇川駅12:27着(950円)での移動を考えています.

昨年と同じ丸三旅館です。昨年のブログを見ても分かるように、なかなかいいところなんです。50畳の綺麗な和室もあり、お風呂も綺麗で大きかったです。食事は・・・とってもユニークでした!琵琶湖に建立された白鬚神社の有名な湖中大鳥居にほど近いところです。さあ、今年も雪が降るかな?!

■参加費17,000円 一泊2食付き・交通費は別
※5回カード所有の方は、1回3,000円として1回分のみ使用可。

■合宿内容
※合宿内容は予定であり、変更もありますので予めご了解ください。

一日目 2月15日(土)
12:45 現地集合(JR安曇川駅12:27着)

13:00-13:30 オリエンテーション・自己紹介

13:30-15:00 アーサナ
まずはアーサナで心身を調えます (^o^)v

15:00-17:00 レクチャー「命の在り方を学ぶ」
 ・図解 四聖諦ー苦集滅道を学ぶ
 ・図解 八正道に学ぶヨーギニー/ヨーギーの生き方
昨年は、命の意味を学びました。皆さんが導きだされた答えは、真理に向かって歩いていきたい、そう願うものでした。真理とは、一切万物が尊い唯一無二の純粋な存在であるという、アドヴァイタ(不二一元)の教えにあります。では、そこに生きるとはどういうことなのか、どう歩いていけばいいのかを、2500年前にその道を歩まれたブッダの教えをもとにして、徹底して考え抜きます!

17:00-18:30 夕食

18:30-23:00 グループ討議「命の在り方を考える」&入浴 
 ・四諦八正道を生きるとはどういうことか?
 ・理想の生き方とは何か?
 ・グループに分かれて討議して意見をまとめる
 ・グループ討議結果を模造紙にまとめる

※入浴時間はグループ毎に自由設定
※この日中にまとめて翌朝発表

さあ、冬合宿の真骨頂ー夜を徹してグループ討議をやりますよー!昨年は本当に遅くまで真剣勝負の討議が行なわれました!すごかったですねー!さあ、今年はどうなるのか?! あぁ〜、大人になってこんなことができるなんて、ほんまに面白い!d(  ̄ー ̄ )>  

23:00- 自由時間・瞑想

合宿2月

二日目 2月16日(日
7:00-8:30 朝食

8:30-10:30 グループ討議「命の在り方を知る」 
 ・グループ討議の結果発表
 ・Q&A

この命をどのように生かせばよいのか?!誰もが悩みます!ヨーガはその答えを出してきました。でも頭の理解だけでなく、実際にこの足で歩んでこその命です。さあ、皆さんどんな結論を出してくるのか?!\(^o^)/一年間の学びと実践の成果です!

10:30-10:45 総括
「命の在り方ー実際にこの命をどのように生きるのか」これは2月の合宿だけのテーマではありません!12月の「心と世界の理を学ぶーラージャ・ヨーガ」、1月の「瞑想の醍醐味」ともに、テーマは「ヤマ(禁戒)・ニヤマ(勧戒)」、すなわち日常での行為の実践です。ヤマ・ニヤマには、ヨーガを成就されたヨーギニー/ヨーギーのこの世界での具体的な命の在り方が示されています。2カ月をかけてじーーーっくりと熟考、瞑想して、合宿につなげていきたいと思っているのです(^o^)v

10:45-11:00 アンケート記入、解散

という感じの冬合宿カリキュラムの予定です。今年も充実しそうです!!昨年は雪が結構積もっていましたから、お車で来られる方は雪仕様でおいで下さいね。

■申込み
宿の手配の都合上、1月15日までに申込予約をしていただけますようにお願いいたします。お早めに!
申し込みは、シャチーかサーナンダの方までご連絡ください。
皆様のご参加をお待ちしております。

サーナンダ&シャチー

第8回誰ヨガのご案内です〜 \(^o^)/

皆さま

こんにちは、
冬将軍到来でしょうか、ずいぶんと寒くなりました。
皆様はいかがお過ごしでしょうか。

前回にお話しした「心を見つめる瞑想」、行なってみましたか?

さて、すでにメールでもご案内しているのですが、第8回のお知らせと、講座で学ぶにあたって、考えてきていただきたいことを、ブログでもご案内させていただきます。
今回の講座に参加できない方も、とても大切なことなので、ぜひとも考えてみてくださいね。

第8回のテーマは
「心と世界の理を学ぶ−−ラージャ・ヨーガ」です。

ラージャ・ヨーガは八支に分けられていますが、今回は特に、
一番目と二番目に位置しているヤマ(禁戒)・ニヤマ(勧戒)を中心に学んでいきたいと思います。
そこで、この2点について考えてきてみてください。

言葉の意味を考え、どういうことなのかなあ、どう行為することが本当の意味につながるのかなあ、など自由に考えてください。
また、中でも特に気になるもの、興味深いものについては、具体的に考えを深めてきていただければ嬉しいです。

ヤマ(禁戒) 他者に対する行為
1、非暴力−−非暴力を徹した者のそばでは、すべての敵対が止む
2、正直−−正直に徹した者には、行為とその結果がつき従う
3、不盗−−不盗に徹した者のところには、、あらゆる富が集まる
4、純潔(禁欲)−−禁欲に徹する者は、精力(エネルギー)を得る
5、不貪−−不貪がゆるぎないものとなった時、自らの生の原因と様態が余すところなく照らし出される

ニヤマ(勧戒) 自らに対する行為
1、清浄−−浄化によって自分自身の身体の厭わしさ、他人の身体に触れることへの厭わしさが生ずる さらにサットヴァの浄化、心の快活さ、一点集中、自己実現への適合性を得られる
2、知足−−知足によって無常の喜びが得られる
3、苦行—苦行によって身体と感覚の不浄が消え、超自然力が得られる
4、聖典の学習−-霊的な書物を研究することによって、自らの望む神霊との霊交が得られる
5、自在神への祈念(悟りへの誓い、神への帰依)–-神にすべてを任せることによってサマーディ(三昧)が得られる

いかがですか?
難しく考えないで、言葉にとらわれることなく、素直に取り組んでみてくださいね。
それでは、新しい年を迎える前に、ともに学べます事を楽しみにしています。

今回の会場は大阪です。
12月21日(土)舞道ダンスシアター(谷町六丁目)
15時より

ご参加の方はご連絡ください。(すでにいただいている方はけっこうです)
よろしくお願いします。

シャチー&サーナンダ

真の愛を求めて〜



皆様、何だかとっても寒くなってきましたね〜。いかがお過ごしでしょうか。

先日の講座「真の愛を学ぶ」でサティヤーが体験談を話してくれたことを皆様にもお伝えしましたが、内容をサティヤーが文章にまとめてくれたので、ここにご紹介させていただきます。
私もそうですが、誰もが始まりってあるんですよね。
サティヤーもいいと思ったことを素直にトライしてきたことが文章を読むと分かります。
ぜひご覧ください(^–^)


バクティ・ヨーガは、進むのが早い、最も容易いなど言われますが、私にとってはとても難しく感じていました。
バクティ・ヨーガに必要なのはただ一つ「神を愛すること」それだけです!!と、さも簡単そうに言われますが、まず
「神って何?!」 
「よく分からない存在に恋することってあり得るの?!」
「恋って知らない間に落ちてしまうものでしょ。意図的に、この神を愛してくださいと指定されてもなぁ…」
といろいろと疑問に思うことばかりでした。

私は神の存在をどう理解していいのかは分かりませんでしたが、神に恋い焦がれている人たちには憧れがありました。恋している人っていつもきらきらしていて潤いがある感じしませんか? 反対に恋していないと何となくカサついた感じ。ただ単純に「恋しててうらやまし〜」という思いで見ていました。でも見ているだけでは恋に落ちないんですよね。
そこで、私がやってみたことは、真似をすること。
バクタ(神を愛する人々)は神を思い、時に笑い、時に泣き、感情豊かに愛を表現します。また、それは日常の行為の中にも現れています。神を喜ばせるために自分の人生を捧げようとする姿は、私にはとても美しく見え、憧れる生き方でした。それを見よう見まね、とってもぎこちなくですがそのまま真似してみました。
「神が喜ばれるように行為したい!」と言われると、「私も神が喜ばれるように行為したいです!」と言います。
「こんなことでは神に対して申し訳ない」と涙目で言われれば「本当に申し訳ないです」と涙目でまるでオウム返しように言っていました。
もちろん心では「・・・?本当?」「・・・えっ、どの辺が申し訳ないの?」と思うこともたくさんありましたが、ただ見ているだけでなく、一緒になって言ってみる、行為を真似してみることで、少しずつその人の真意を感じることができていったように思います。自分で言って、それを耳で聞いてみると、不思議なもので、「あーこの人はこんなにも神という存在を大切に思っているんだな」と感じることもありました。そしてそこまでその人を突き動かしている神っていったい何者なんだろう、どうしたら私も同じような思いを持てるようになるのかな、など神について考えることが多くなっていったように思います。

真似をするときに一つだけ気をつけていたことがあります。それは、真似をするときに「私」を持ち出さないことです。「私は人前でそんなことを言うキャラじゃないから」とか「私はまだ神が分かっていないから」、などなど、「私」を持ち出すと人の真似ってなかなかできないものです。でも、今の自分の範囲の中だけでやっていてもなかなか恋に落ちないのであれば、いっそのこと、そんな「私」は横に置いておいて、まず素直に真似してみるということを決めていました。バクタに憧れた私は、まずはバクタのまねっこから始めたのです。

第6回カーリー像

バクタと言えば、偉大なバクタの一人にシュリー・ラーマクリシュナがいらっしゃいます。彼は神の化身ですが、カーリー女神を信仰し、女神を実際に見たいという思いでひたすら修行を積み、ついには見神したインドの聖者です。
あるとき、私に大切な使命が与えられました。それは、私のヨーガの先生の御聖誕祭でカーリー女神を讃えるうたを歌うことです。それは、私一人が歌う訳ではありませんでしたが、リードといって歌を引っ張っていく役割をいただいたのでした。そのことはとても嬉しかったのですが、私の中で一抹の不安がありました。
タイトルは「Jai Ma!」
「女神様万歳!」とでも訳すのでしょうか、とにかく女神を讃えるのです。でも・・・・
「女神ってなに!? カーリーって?!」
またもや私の頭には「???」だらけ、これでは歌うことができません。何でもないときなら何も考えずに気持ちよく歌ったと思うのですが、とても大切に思っているヨーガの先生に捧げる歌を歌うときに、心に矛盾があることが、どうしても気がかりでした。本心で女神を讃える気持ちがないのに、こんな歌を歌うのってどうなの?「これはまずい!」と思った私はなんとか女神に近づこうと思い出しました。そして、そのときにもまた「真似をすること」を始めました。
今度は、偉大なバクタ、シュリー・ラーマクリシュナの真似です。ラーマクリシュナはカーリー女神を「Ma、お母さん」と呼び、実際に神像にお花を捧げたり口に食事を運んだり、着替えをさせたりして、まるで生きているかのように接していました。そしていつも話しかけておられたのです。私は、まず形から入る方なので、神像を買いました、そして毎日その神像に「お母さん」と話しかけることから始めてみました。

「お母さん」
とぎこちなく呼んでみるものの、実感はゼロ。
「うーん、これのどこがお母さんなん?!」
「お母さん怖すぎやろ」
などなど、思いは尽きません。それでも私は毎日毎日話しかけました。

「ただいま、お母さん、今日こんなことがありました」素朴に話すようになるのに、そんなに時間はかかりませんでした。むしろ、何も言わずに聞いてくれる存在がいるような気がして、本心をいろいろ話していました。また、シュリー・ラーマクリシュナ以外のインドの聖者がカーリーについて書いた詩を読んだり、カーリーに関して、質問している部分、聖者がそれに答える問答を何度も読み、お母さんにつながるものが一つでもないかと躍起になって探しました。
御聖誕祭はどんどん近づいてきます。私は少しずつ焦りだしていました。
「お母さんが分からない、どうしよう…」
当日までに本心で讃えられないのならどうしたらいいのか…追いつめられ、私は四六時中カーリーのことを考えていました。

「お母さん、どこにいらっしゃるのですかー! 私、どうしたらいいのですか!!」

歌の練習の時は「お母さん、どうか讃えさせてください」と祈り、すがるような気持ちでいました。そんなある日、それは突然訪れました。歌の最中に「あ!お母さんが来た」それはまぎれもなく、私の中の確信でした。
「お母さん、いはるわ、いっつもいたはる、いなかったことなんか一度もなかった」
それは、当たり前のことのようにストン!と私の心の中に落ちました。そのとき、私の神像は激しく腕を振って、まるで「ちゃんと聞いていますよ」と言われているようにも見えました。我を忘れて、必死で歌っていたときのことでした。
そのことがあってからは、女神である母の存在は私の中でとても近い存在になり、本心で「Jai Ma」と讃えることができるようになりました。今は外見など見えているようで全く見えないような気がします。外見でなく、母の本質にほんの少しですが触れたからかもしれません。

私の好きな聖典の言葉で「神は一歩近づくと二歩も三歩も近づいてくれる」という言葉があります。まさに、近づこうとしたその瞬間、私よりももっと凄い勢いで近づいてくださったような気がしました。本当はいつもいてくださっているのです、ただ私が、「私」を捨てたときにスルリと母は私の胸に来てくださいました。
神と私との間で交わされたことは、説明してもなかなか実感を伴って伝わらないかもしれません。でも私にとっては本当にリアルに、それだけが確実なものとして残っているのです。ほんの少しの経験ですがそれによって私はもっともっと神に近づいていきたい!と強く思うようになっていきました。そして、時間とともに愛する神の喜ばれるように、ただ、それだけのために生きたいと思うようになっていったのです。

きっとそれぞれの人が、それぞれの経験と味わいの中で神との関係を築いていくのだろうなぁと思います。それはどれも比べようがなくて、とても甘美なものだと思います。また、みなさんの経験も聞かせてくださいね。

サティヤー

>>誰もが実践できるヨーガ 第2期



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プロフィール

dareyoga

このブログは、サーナンダとシャチーが日常で感じたことを通して、気楽にヨーガに触れていきたいと思います。

★今期「誰もが実践できるヨーガ」は、2013年5月~2014年3月に開講します。「誰ヨガイレブン」をよろしく!

★ サーナンダ(知性派ヨーギー)
ブッダに憧れ育つ中、一人のヨーギーに巡り会い、「こんなふうになりたい!」と、憧れをもってヨーガを学び始める。大企業で仕事に揉まれ、家族4人で暮らしながらヨーガに励み、悪戦苦闘の中、少しずつ心に静けさが訪れる今日この頃。

★ シャチー(体当たりヨーギニー)
大阪生まれのせいか、生活の中に笑いがしみつき、悩みなどないだろうと言われて育つ。そんな中、あるきっかけをもとに私の人生このままでいいのか!と考え始め、それなりに悩みを抱えてヨーガと出会う。ヨーガを進める中で本当の安心を知り、自分が求めていたものがヨーガにあったと実感。以来ヨーガはライフワークとなっている。

シュリー・マハーヨーギーに師事し、マハーヨーギー・ヨーガ・ミッションでヨーガを学びながら、現在大阪、京都でヨーガクラスを指導中。ぜひクラスにも来てくださ~い。